成長したベンチャー企業は下請法の規制にも留意

最初はベンチャー企業でも、事業の成長とともに増資を行うことがあります。そして、増資により会社の資本金額が一定額を超えた場合、下請法という法律について注意を払う必要があります。
以下では、特に親事業者の立場から見た下請法の留意点についてご説明したいと思います。

※以下では、いわゆる独禁法の説明については基本的に割愛します。
※下の事例は、あくまで仮想の事例であり、必ずこのようなことが起きるわけではありません。
また、下の事例は、あくまで下請法のイメージをつかんで頂くものであり、そのため、一部で説明を簡略化した箇所があります。

1.突然届いた書面

あなたの会社は経営も順調に軌道にのっています。最近では増資を行って資金調達を行い、資本金の額が増加しました。
そんなある日、あなたの会社に、公正取引委員会(以下「公取委」)から、「下請事業者との取引に関する調査について」(※1)というタイトルの書類が届きました。(※2) これは、どうやら下請代金支払遅延等防止法(以下、「下請法」または単に「法」)という法律に関する書類のようです。
あなたの会社は、回答用紙に記入して返信しました。

【〇:普段から下請法対応を行っていた場合】
 あなたの会社は、増資後、普段から下請法の対応を行っていたため、その後、特になにも事件は起きませんでした。

【×:特にそのような対応は行っていなかった場合】
回答用紙を返送したところ、公取委があなたの会社に来て調査を行うことになりました。
あなたの会社は、調査対応のための資料の作成・準備等に追われ、通常業務に支障が生じました。
また、調査の結果、あなたの会社が下請法に違反していたことが分かりました。この結果、取引先に遅延利息の支払い等を行うこととなり、これらの対応のため、さらに事務作業等が発生しました。
さらに、この違反について、公取委のHPに掲載されてしまい、法令遵守の意識が低い企業として、世間にマイナスのイメージを与えてしまいました。

さて、ここで問題となる下請法とはどのような法律なのでしょうか。
以下で、少し詳しく見ていきたいと思います。

2.下請法の概要

(1)下請法の目的

下請法の正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」といいます。
これは、その強い地位を利用した「親事業者」の「下請事業者」に対する濫用行為の取締り等のために制定された法律です(法1条参照)。
濫用行為自体については、以下(3)の「禁止行為と親事業者の義務」をご覧ください。

(2)下請法の適用対象

下請法はあらゆる事業者間のあらゆる取引に適用されるわけではありません。
対象範囲は、下の表のとおり、①資本金(または出資金の総額。以下同じ)の額と、②取引の内容(下請法には4つの取引類型が定められています)により定まります(①につき法2条7項8項、②につき同条1項から4項)。
もし、あなたの会社の資本金が1000万1円以上の場合は、下請法の対象となる可能性が生じるため、注意が必要です。

委託する会社(「親事業者」) 委託される会社(「下請事業者」) 取引類型(注1)
ア 資本金3億1円以上の法人事業者 資本金3億円以下の会社 or 個人
  1. 製造
  2. 修理
  3. 情報成果物作成、または
  4. 役務提供

(注2)

イ 資本金3億円~1千万1円の法人事業者 資本金1千万円以下の会社 or 個人 同上
ウ 資本金5千万1円以上の法人事業者 資本金5千万以下の会社 or 個人
  1. 情報成果物作成、または
  2. 役務提供

(注3)

エ 資本金5千万~1千万1円の法人事業者 資本金1千万円以下の会社 or 個人 同上
注1
各取引類型の説明については、こちらの説明をご覧ください。
注2
③の情報成果物作成の委託については、プログラムの作成に限ります。また、④の役務提供の委託については、運送・物品の倉庫保管・情報処理に限ります。
注3
①の情報成果物作成の委託については、放送番組や広告の製作、商品デザインや設計図面など、プログラム以外の情報成果物の作成となります。また、②の役務提供の委託については、ビルなどのメンテナンス、コールセンター業務などの顧客サービス代行など、運送・物品の倉庫保管・情報処理以外の役務の提供となります。

なお、上記の基準に照らし、下請法の対象とならない場合であっても、独占禁止法が適用される可能性がありますので、この点にも注意が必要です(独占禁止法2条9項5号等)。

(3)禁止行為と親事業者の義務

ア 禁止行為

下請法が禁止する濫用行為には、例えば、親事業者が、下請事業者には責任がないにもかかわらず取引代金(以下「下請代金」。法2条10項)を減額して支払う行為や、下請代金を支払期日までに支払わないことが挙げられます(法4条1項2号・3号。その他の禁止行為についてはこちらをご覧ください。)。
これらの禁止行為に該当する行為は、たとえ下請事業者と合意していたとしても、また、下請法に違反することを知らなかったとしても、下請法違反となります。

イ 親事業者の義務

上記アの禁止行為のほか、親事業者は、取引の発注内容を明確に記載した書面を下請事業者に交付したり(法3条)、取引記録を書類として作成し、2年間保存しなければなりません(法5条)。
また、下請法には、下請代金の支払期日について厳格な定めがあり(法2条の2)、違反した場合には年率14.6%の遅延利息が発生する可能性があります(法4条の2)。

(4)下請法に違反した場合

もし、下請法に違反した場合、違反の内容や程度にもよりますが、公取委から違反の是正(例えば、下請代金を減額した場合は減額分の支払いなど)を勧告される可能性があります(法7条)。
また、あなたの会社名とともに、違反事実や勧告の内容が公表される可能性があります(※3)。
さらに、50万円以下の罰金が科せられる可能性があります(法10条)。

また、上記のような直接的な影響のほか、レピュテーションリスクがあります。すなわち、過去の企業不祥事の例からも明らかなとおり、法令遵守違反の事実は、企業価値を大きく傷つけ、場合によっては、事業活動の存続にまで影響を与えるおそれがあります。

(5)下請法違反が発覚する理由

今回の事例では、公取委からあなたの会社に送付されてきた書面への回答が発端となって、下請法の違反が発覚しました。
しかし、もし、このような書面があなたの会社に送付されていなかったとしても(=つまり、あなたの会社がそもそもこのような回答自体を行っていなかったとしても)、あるいは何も問題ない旨の(虚偽の)回答をしていたとしても、下請法の違反が発覚した可能性があります。

というのも、公取委のほか、中小企業庁が、下請法に関して、毎年、膨大な数の書面調査を実施していることが一つの理由です。(※4)
具体的には、公取委は、平成27年度において、親・下請事業者あわせて約13万社(うち下請事業者が約11万社)に対して書面調査を実施しています。(※5)
また、中小企業庁では、同じく平成27年度において、親・下請事業者あわせて約20万社(うち下請事業者が約15万7,000社超)に対して書面調査を実施し、違反のおそれのある親事業者1,053社に立入検査等を実施しています。(※6)
これだけの数の書面調査等が実施されていますので、どこかで下請法違反の事実が発覚する可能性は十分にあります。

以上