ベンチャー企業にとっての下請法
~法によって自分たちのビジネスを守る

ベンチャー企業にとって、規模の大きい会社との取引は、売上への貢献や信用性の向上など、大きなメリットが存在します。他方で、このような取引への依存度が増していくにつれ、通常は、規模の大きい相手の会社の地位は優位なものになりがちです。場合によっては、そのような地位を利用して、無理難題とも言えるような要望がなされることがあるかもしれません。
このような場合に、下請法(あるいは独禁法)を活用することによって、自社の正当な利益を守ることができる可能性があります。

※以下では、独禁法の説明については割愛し、また株式会社同士の取引を前提とします。
※下の事例は、あくまで仮想の事例であり、必ずこのようなことが起きるわけではありません。また、下の事例は、あくまで下請法のイメージをつかんで頂くものであり、そのため、一部で説明を簡略化した箇所があります。

1.改善された代金の支払遅延

あなたの会社は、創業間もないベンチャー企業ですが、画期的な高速3Dプリンター技術をもっており、これを活用したオーダーメイド製品の受託製造を行っていました。
あなたの会社の取引先には、大企業のA社がいます。A社は大量の発注を行ってくれるお得意様でした。しかし、A社は取引代金の支払いに関してはいい加減であり、契約の支払期日に支払われることはまれで、製品の納入から2~3か月経過後に支払いがなされることもざらでした。
A社の支払状況は資金繰りにも影響することから、あなたの会社は、顧問先の法律事務所に相談しました。 ここで受けたアドバイスに従ったところ、支払いの状況は改善され、毎回、A社が製品を受領してから60日以内に支払いがされるようになりました。また、これまで遅延があった支払いについて、年利14.6%の遅延損害金が支払われました。

A社の対応が改善した理由は、実は、A社の支払遅延行為が 「下請代金支払遅延等防止法」(以下「下請法」または単に「法」)という法律に違反していたためでした。
下請法は、上記の事例のような支払遅延を禁止するほか、相手に問題がないにもかかわらず、取引の代金を減額したりすることなどを禁止しています。
以下では、このような、あなたの会社のビジネス環境の改善につながりそうな下請法の内容についてみていきたいと思います。

2.下請法の対象となる取引

下請法が禁止する行為については次の3以下で見ていきますが、一点、注意が必要です。
それは、下請法は、その強い地位を利用した「親事業者」の「下請事業者」に対する濫用行為を取り締まるために制定された法律であるため(法1条参照)、あらゆる事業者間のあらゆる取引に適用されるわけではないことです。
このため、まず下請法の対象範囲を確認したいと思います。

(1)資本金と取引類型による限定

下請法は、次の表のとおり、取引当事者の資本金の額と取引類型により対象範囲を限定しています(法2条7項8項)。

委託する会社(「親事業者」) 委託される会社(「下請事業者」) 取引類型(注1)
ア.資本金3億1円以上の会社 資本金3億円以下の会社
  1. 製造
  2. 修理
  3. 情報成果物作成、または
  4. 役務提供

(注2)

イ.資本金3億円~1千万1円の会社 資本金1千万円以下の会社 同上
ウ.資本金5千万1円以上の会社 資本金5千万以下の会社
  1. 情報成果物作成、または
  2. 役務提供

(注3)

エ.資本金5千万~1千万1円の会社 資本金1千万円以下の会社 同上
注1
各取引類型の説明については、次の(2)をご覧ください。
注2
③の情報成果物作成の委託については、プログラムの作成に限ります。また、④の役務提供の委託については、運送・物品の倉庫保管・情報処理に限ります。
注3
①の情報成果物作成の委託については、放送番組や広告の製作、商品デザインや設計図面など、プログラム以外の情報成果物の作成となります。また、②の役務提供の委託については、ビルなどのメンテナンス、コールセンター業務などの顧客サービス代行など、運送・物品の倉庫保管・情報処理以外の役務の提供となります。

まずは、あなたの会社と取引相手の資本金の関係を確認してみて、もしそれが上記表のいずれかに該当する場合は、下請法の対象となる可能性があります。

(2)各取引類型の説明

下請法の対象となる取引の類型は、次の4つです(法2条1項から4項)。

取引類型 具体例
ア 製造委託 物品の規格やデザインなどを指定した製造委託が該当します。
(例)自動車メーカーが、販売する自動車部品の製造を他社に委託
イ 修理委託 請け負った物品の修理の委託、および自社で使用する物品を自社で修理している場合に、その修理の一部を委託することが該当します。
(例)自動車ディーラーが、請け負った自動車の修理作業を他社に委託
ウ 情報成果物作成委託 販売目的等の情報成果物の作成委託が該当します。
(例)ソフトウェア会社が、ゲームソフトの開発を他社に委託
エ 役務提供委託 他者に提供している役務の提供の委託が該当します。
(例)自動車メーカーが、販売した自動車の保証期間内のメンテナンス作業を他社に委託

※上記例は、あくまで代表的な取引例の一つです。

3.下請法が活用できそうな場面

次の例は、下請法違反となる可能性が高い事例です。下請法に違反している場合は、その違反の是正を求めることによって、あなたの会社のビジネス状況が改善する可能性があります。 なお、以下の事例では、あなたの会社が下請事業者、A社が親事業者に該当するものとします。

(1)発注書をくれない

あなたの会社は、注文に関して「言った、言わない」で後からもめるという古典的なトラブルを回避するため、取引先からは必ず発注書をもらうようにしていました。しかし、A社からの発注は常に口頭です。

親事業者は、取引を委託した場合は直ちに、給付(役務提供委託の場合は、役務の提供。以下同じ)の内容、取引代金(以下「下請代金」。法2条10項)の額、支払期日といった取引内容を記載した書面を下請事業者に交付しなければなりません(法3条)。

(2)製品を受け取ってくれない

あなたの会社は、A社からある製品の製造委託を受け、それを製造しました。ところが、A社は、突然、「規格が変更になった、その製品は不要である」と言って、その受け取りを拒否しました。

親事業者は、下請事業者に責任がないのに、発注した物品等の給付の受領を拒否することはできません(法4条1項1号)。

(3)契約書の期日までに代金を支払ってくれない

冒頭の事例です。

親事業者は下請代金をその支払期日までに支払う必要があります(法4条1項2号)。この支払期日は、発注した物品等の受領日(役務提供委託の場合は役務が提供された日)から60日以内で、かつ、できる限り短い期間内で設定しなければなりません(法2条の2)。支払期日までに支払わなかった場合には、年率14.6%の遅延利息が発生する可能性があります(法4条の2)。
なお、親事業者において、受領した物品等の給付の社内検査が未了であることや、下請事業者からの請求書の送付が遅れたことは、支払を引き延ばす理由にはなりません。

(4)下請代金を減額された

A社は、下請代金を支払う際、勝手に振込手数料を下請代金から差し引いたり、100円未満の端数を切り捨てていました。 また、台風で自社工場が水害を被ったことを理由に、損害回復協力金として下請代金から一定額を数か月間減額しました。

下請事業者に責任がないのに、発注時に定めた金額から一定額を減じて支払うことは禁止されています(法4条1項3号)。値引き、協賛金などの減額の名目、方法、金額の多少を問いません。
また、下請事業者との合意があったとしても下請法違反です。

(5)納入したものを返品された

あなたの会社はA社に物品を納入していましたが、A社はシーズン終了後に売れ残った物品をあなたの会社に引き取らせました。

親事業者は、下請事業者に責任がある場合を除いて、一旦、受け取った給付を返品することはできません(法4条1項4号)。
親事業者が受入検査をしていない場合も返品できません。

(6)通常の取引額を大幅に下回る下請代金を設定された

あなたの会社はA社に物品を納入していました。A社はその原材料を指定しています。 その原材料の価格が異常に高騰しており、従来の単価では対応できないため、あなたの会社は、単価を上げてもらえないかA社に相談しました。しかし、A社はあなたの会社と十分な協議をせず、単価を据え置いて、通常の取引額を大幅に下回る下請代金の額を定めました。

親事業者は、下請代金を決定するときに、一般的な対価と比べて著しく低い額を下請事業者と十分に協議することなく一方的に決めてはいけません(法4条1項5号)。

(7)取引相手の製品の購入を強制された

A社は、自社製品のセールスキャンペーンにあたり、あなたの会社に対して自社(=A社)製品の購入を再三要請し、あなたの会社は一度は断ったものの、最終的には購入せざるをえませんでした。

親事業者は、正当な理由なく、自社の指定する物品の購入やサービスの利用を下請事業者に対して強制してはいけません(法4条1項6号)。

(8)ただ働きさせられた

A社は、製造を委託しているあなたの会社の従業員を自社の事業所に呼び、あなたの会社への発注とは無関係な作業を行わせました。

親事業者は、自社のために、下請事業者に対してお金やサービスといったものを不当に提供させることはできません(法4条2項3号)。

(9)追加作業分の支払いがなかった

A社は、自分の顧客からの要請を理由に、当初の納期を変更せずに、あなたの会社に追加の作業を行わせ、それに伴う人件費増加分の費用を負担しませんでした。

下請事業者に責任がないのに、親事業者が費用を負担することなく、給付内容の変更や、やり直しをさせることはできません(法4条2項4号)

(10)その他

上記のほか、親事業者が給付の材料を有償で供給している場合に、下請事業者に責任がないのに、その材料費を下請代金の支払日より早く支払わせたり、下請代金から控除することも禁止されています(法4条2項1号)。
また、割引困難な手形を交付することも禁止されています(同項2号)。
さらに、下請事業者が親事業者の不公正な行為を公正取引委員会または中小企業庁に知らせたことを理由として不利益な取り扱いをすること(=報復措置)も禁止されています(法4条1項7号)。

以上