かつてのブームと、現在の価値

かつてブームになった、「ビジネスモデル特許」をご存知でしょうか。現在、この「ビジネスモデル特許」が見直される傾向にあります。そこで、この「ビジネスモデル特許」について解説することにより、改めてビジネスモデル特許を取得するという選択肢について認識して頂ければと思います。

1 ビジネスモデル特許ブームの経緯

「ビジネスモデル特許」とは、コンピュータソフトウエアを利用した、ビジネスの方法にかかる発明に与えられる特許をいいます(※1)。「ビジネスモデル特許」は通称であり、特許庁では「ビジネス関連発明に与えられる特許」、または「ビジネス方法に関する特許」と呼ばれます(※2)。
ビジネスモデル特許の前提には、コンピュータソフトウエアの発達があります。元々プログラム自体は、自然法則利用性(※3)がないことから特許として認められていませんでしたが、プログラム及びコンピュータソフトウエアが発達し、産業への寄与が大きくなったことから、特許庁の審査基準は、自然法則利用性について緩やかに判断する方向に修正され、ソフトウエア関連の発明にまで広がりました(※4)。これにインターネット等の通信技術の発展が加わり、ソフトウエア関連発明において、ビジネスの方法にかかる発明まで特許として認められるようになりました。
日本においてビジネスモデル特許がブームになったのは、1998年、アメリカのステート・ストリート・バンク判決において”Business method patent”の有効性が認められたことが発端です。当時、日本でもWindows98が発売され、家庭にまでソフトウエアとインターネットが普及し、様々な新しいビジネスが立ち上がった時期であったため、「ビジネスモデルそのものが特許として認められる」(という誤解)が関心を引き、ビジネスモデル特許の知名度が急上昇しました。その結果、日本におけるビジネスモデル特許の出願は、2000年に19,231件となり、前年の4.8倍と大幅増となりました。しかし、上記誤解により特許要件を満たしていない出願が多かったのでしょう、特許査定率(※5)は約8%と低迷しました(2003年〜2006年。ちなみに、当時の特許査定率の平均は約50%。)(※6)。この頃のビジネスモデル特許ブームの記憶がある方にとっては、「ビジネスモデル特許は一時流行ったが、特許になりにくい」と認識されていても致し方ありません。
しかし、特許庁の調査によると、2011年以降、ビジネスモデル特許の出願数は増加傾向にあります(※7)。

ビジネス関連発明の出願動向

出展:特許庁(https://www.jpo.go.jp/seido/bijinesu/biz_pat.htm

さらに、その特許査定率は2014年には約64%となり、特許全分野の平均値である69%に近づきました。ビジネスモデル特許ブームの約8%から14年経過し、ついに他の特許と同等のレベルになりました。これは、ビジネスモデル特許の価値が再認識されているといえます。

ビジネス関連発明の特許査定率の推移

出展:特許庁(https://www.jpo.go.jp/seido/bijinesu/biz_pat.htm

※1
特許庁は明確な定義をしていない。
※2
その他、「ビジネス特許」等、様々な呼ばれ方があるが、本稿では一般への普及率を優先し、「ビジネスモデル特許」という名称で統一した。
※3
特許として認められる要件のひとつ。
※4
中山信弘『特許法』第3版 弘文堂 第1款第1項2(3)コンピュータ・ソフトウェア 100頁以降参照。
※5
特許審査請求後、特許として認められる率。
※6
特許庁「ビジネス関連発明の最近の動向について」
https://www.jpo.go.jp/seido/bijinesu/biz_pat.htm
※7
特許庁「ビジネス関連発明の最近の動向について」
https://www.jpo.go.jp/seido/bijinesu/biz_pat.htm

2 ビジネスモデル特許の特殊性

日本の特許庁におけるビジネスモデル特許の位置づけは、ソフトウエア関連発明の一分類です(※8)。そのため、その特許性を検討する場合には、ソフトウエア関連発明の審査基準を参照します。とくに気をつける点としては、以下の自然法則利用性です。
「ビジネス方法に関連するソフトウエア関連発明は、ビジネス方法に特徴があるか否かという観点ではなく、当該発明が利用するソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されているかによって、『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当するか否かが判断される(※9)」
つまり、純粋なビジネスモデルのみ、またはソフトウエアのみでは特許性は認められず、「ハードウエア資源を用いて具体的に実現されて」いなければならないことになります。ビジネスモデルそのものが特許として認められるのではないことに、注意が必要です。

※8
特許庁「ビジネス関連発明に関する審査における取扱いについて」
https://www.jpo.go.jp/seido/bijinesu/bisinsa.htm
※9
特許庁「『特許・実用新案審査基準』の特定技術分野への適用例」第1章 2.1.1.2 (2) (留意事項) (vi)

3 典型例から得る示唆

ビジネスモデル特許の典型例として有名なものは、Amazonのワンクリック特許でしょう。出願から14年を経て、日本でも権利化されています(特許第4937434号及び特許第4959817号)。(日本で権利化されたワンクリック特許が「品質のよい特許」か、という点はここでは触れません。)
このワンクリック特許の凄いところは、現在ではECサイトでは必須の機能である「ワンクリックで注文できる」という機能を、1997年の時点で特許出願している、という点です。権利化された現在、他社のECサイトでは、このワンクリック特許に抵触する機能を実装することはできません。したがって、Amazonだけが「ワンクリックで注文できる」という、優れたユーザビリティを持つECサイトを提供することができ、これがAmazonの競争力強化につながります。
このように、ビジネスモデル特許(およびソフトウエア関連発明)においては、必須機能を先んじて特許化することが重要になります。

4 今、ビジネスモデル特許が求められる理由

現在の流行となっている技術・ビジネスである「AI」「IoT」「FinTech」等々の特徴は、既存の技術の正常進化と組み合わせにより成立しています。そうすると、ベースが既存技術である以上、公知部分については特許化できないため、広い権利範囲の特許を取ることはできないというケースが多くなります。
次に、これら流行の技術の本質は、ハードウエアそのものの価値以上に「組み合わせと情報の活用方法の新しさ」にあります。IoTの典型である見守りサービスを例にとれば、センサを、家庭のドア・窓・引出し・照明など、今までになかった場所に設置し、情報を取得・分析することにより、高齢者の見守りサービスを提供する、といったビジネスが考えられます。この場合、センサと家・家具という新しい組み合わせと、これらから得られる情報を高齢者の見守りに利用する、という情報の新しい活用方法に本質があります。したがいまして、ハードウエアの特許のみでは、ビジネス全体の保護としては足りません。もっとも、この見守りサービスというビジネス自体は、センサが小型化すれば容易に発想しえますので、正面から特許化することは困難です。
ここで、Amazonのワンクリック特許から得た示唆を思い出してください。つまり、このビジネスモデルにおいて、「必須機能」は何かを考えるのです。例えば、見守りサービスにおいて、高齢者が家にいない時まですべてのセンサが稼働していては、その寿命が短くなる、という課題があるのであれば、一定の条件下ではセンサを動作させない機能が必須機能になりえます。また、センサの数が膨大に増えることと、一定の条件下では動作しないセンサもあることを考慮すると、各センサの生存監視は困難になるという課題があるのであれば、センサの生存情報を一括管理する機能が必須機能になりえます。こういった必須機能を特許化すれば、競合他社の追従防止に有効です。
ハードウエアの特許が取れない、または狭い権利範囲の特許しか取れない場合であっても、このような必須機能を特許化し、組み合わせることにより、ビジネスモデル全体を守る特許ポートフォリオが形成できます。
さらに言えば、上記のような「同業者であれば必須になる機能」は、もちろん事業開始前に検討することは有用ですが、事業開始後のサービス運用中に直面する課題から気付くことも多くあります。したがって、事業開始後もこのような視点を持ち続けることが、必要な機能を付加することによる事業の成長と、それを特許化することによる事業の保護、両方を促進することになります。これも、特許における先行者利益といえます。

このような視点で、今、改めて自社製品・サービスのビジネスモデル特許化の可能性を検討してはいかがでしょうか。

以上