◆先使用権のワナ
実は、弊所では先使用権は推奨していません。その理由を述べていきます。
先使用権の原理を再掲します。ここで、水色の「事業の成熟曲線」を再現することが必要で、そのためには多くの立証資料が必要であることを述べました。「大変そうだなぁ」と思いながらも、「プロジェクトファイルが存在するから大丈夫だ」と思われた方も多かったと思います。
たしかに、昨年のプロジェクトについて「事業の成熟曲線」を再現することはさほど困難ではないでしょう。書類も、メールも残っているからです。しかし、特許訴訟はずいぶん先に起こります。弊所で扱っている特許訴訟にかかる特許の出願日は平均して10-15年程度前です。そんな前のプロジェクトについて「事業の成熟曲線」を再現することができるでしょうか。資料やメールは注意していないとすでに廃棄扱いになっているかもしれません。担当者・責任者も転退職しているケースもあるでしょう。
このように先使用権を難しくしている一つの要因としては、
・立証が極めて難しい(時間的+技術的)
ということが挙げられます。
さらに、首尾よく「事業の成熟曲線」を立証できたとしても、先使用権にはさらに二つの重大な問題があります。
・グローバルビジネスには不適合
つまり、日本で先使用事実をいくら立証しても、中国における特許権行使に対しては全く無意味なのです。現時点で、先使用権について国際主義、つまり、世界のどこかで「事業の準備」をしていれば先使用権を認めるという法制を採用する国は存在しません。それどころか、先使用権という制度そのものが存在しない国も多くあるのです。
・改良設計を許さない
先使用権はあくまでも「事業の準備をしていた」という既得権を保護する制度です。したがい、事業の準備時の設計態様については認められますが、そこから改良された製品にどこまで及ぶかは限定があります。技術の進展の早い中、15年も前から一切改良されずに販売継続している製品は想定しがたいとすると、先使用権の適用は現在のビジネスには限定的であるという前提を敷いた方が無難です。
以上のとおりですので、設例の「ナノ粒子製造プロセス」のような基本的な技術についてはともかく、先使用権への依存については慎重に考えるべき、というのが弊所の基本的なスタンスです。