ふたたび「ナノ粒子製造プロセス」のX社です。アドバイスを受けて、当社ではナノ粒子製造にかかる基本プロセスはノウハウとして秘匿することにしました。しかし、社内では、「プロセスを秘匿するのはいいが、誰かが同じようなプロセスで特許を出願したらどうなるのだ」という不安の声も聞かれます。そういう場合、先使用権という制度があると聞いたのですが・・

◆ノウハウ管理の仕方(先使用権による保護)

ご指摘のとおり、特許法には、先使用権制度という制度があります。これはどういう制度かというと、(i)他社の特許出願の日(優先日)と、(ii)自社がその発明について事業を準備した日とを比較して、(ii)の方が(i)よりも先であれば、すでに準備していた事業の範囲で他社の特許を実施できる、というような権利です。下図で言えば、他社の特許出願の日が緑矢印のタイミングの場合、「(ii)の方が(i)よりも先」となりますので先使用権は成立となるのに対し、他社の特許出願の日が赤矢印のタイミングの場合、「(ii)の方が(i)よりも先」とはならないので先使用権は成立しない(特許侵害となる)ということになります。

より詳細に先使用権を得るための要件を論じていきます。

  1. (特許出願の発明と関わりなく)独自に発明した、またはその発明を承継したこと
  2. 事業の実施または事業の準備をしていること
  3. 他者の特許出願時に2を行っていたこと
  4. 日本国内で2を行っていたこと

以上の要件を満たすことにより、実施または準備をしている発明及び事業の目的の範囲内で他者の特許権を無償で実施し、事業を継続することができるのが「先使用権」です。

実務的には、上記2の「準備」の立証、つまり、図で言うと事業の成熟曲線(青線)を再現できる必要があります。
よく発明をしたら公証役場で確定日付を取っておくという実務が行われていますが、これでは成熟曲線の最初の部分の立証にしかならないのです。成熟曲線を立証するためには、

  • その発明にかかる事業計画書
  • 事業計画書に基づいて予算措置が採られたこと
  • 予算措置に基づいて研究開発が行われたこと(社内報告書、ラボノートなど)
  • 研究開発に基づいて試作仕様が決まったこと(試作仕様書)
  • 試作仕様書に基づいて試作が行われた結果報告
  • 試作結果に基づいて量産試作を行ったこと(量産試作報告書)

通常の量産品の場合、このあたりで「事業の準備」が認定されます。
(システム等の一品制作物の場合、別の基準が適用されることもあります。)
もちろん、「事業の準備」だけではダメで、その後、「事業が開始されたこと」も立証する必要があります。これはたとえば、

  • 製品カタログ
  • 工程設計書
  • 製品についての出荷伝票、納品書、請求書など

によって立証します。
そして、これら全経緯を埋めるメール、議事録等も保管しなければならないことはいうまでもありません。

設例に戻ると、X社が「ナノ粒子の製造プロセス」を現時点で保有していることは疑いがないのですが、これについて「事業の準備」をしていることの立証資料を集めて保管することが必要です。たとえば、以下のような書類になることでしょう。

  • 当該プロセスを用いてナノ粒子を製造するビジネスに関するウエブサイト、パンフレットなどの告知
  • いくつかの製品を製作受託した事実(契約書、納品書、出荷伝票)
  • 製作にあたり当該プロセスを実施したこと(工程設計書、製造条件にかかる伝票)

しかし、先使用権に依存することはリスクがないのでしょうか。