例えば、ある人にお金を支払って自社のアドバイザーになってもらうなど、個人との間で業務委託契約などを締結する場合に注意すべきポイントの一つに、契約相手が公務員や、いわゆるみなし公務員かどうか、という点があります。もし、契約相手となる個人が公務員等の場合、贈収賄リスクに注意を払う必要があります。

1.【事例】

あなたの会社は、特殊な検査キットを販売しています。
あなたは、ある日、販促活動の一環として、A大学のB教授を訪ねました。B教授は、「私は大学の購買に関して顔が利く。君の会社の製品の購入について検討してみるか…
ところで、この製品はまだ改良の余地がありそうだ。君の会社は私とコンサルティング契約を結ぶ気はないかね?コンサル料は、月額固定で○万円だ」と言いました。
もっとも、この製品に技術的な改良余地がないことは周知の事実であり、また、提示されたコンサル料は、大学の教授に支払われるコンサル料金の一般的な相場と比較して、非常に高額でした。
あなたはとりあえず、「検討してみます。ところで、貴学では(大学とではなく)職員が個人で契約する場合のルールなどはあるのでしょうか?」と聞いたところ、B教授から「一応、内規があるが誰も守っていないから気にしなくていい」と言われました。
あなたの会社は、B教授との契約は、A大学への納品数の増加につながる可能性がありメリットが大きいと判断し、B教授とコンサルティング契約を結ぶことにしました。

2.上記事例で注意すべき点

上記の事例でまず注意しなければならないのは、B教授がいわゆる「みなし公務員」に該当しないかという点です。該当する場合に、B教授に金銭、株式、新株予約権などの金銭的価値のあるものを提供すると、仮にB教授との間で何らかの契約があったとしても、贈収賄となるリスクがあるからです。 また、もし該当する場合には、大学所定の手続に従うなどして、リスクヘッジを行う必要があります。

3.贈収賄

(1)収賄罪及び贈賄罪

贈収賄の基本である収賄罪は、「公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき」に成立します(刑法197条1項)。また、収賄罪に対応する賄賂の供与等には、贈賄罪が成立します(同198条)。(※1)

※1
「第197条から第197条の4までに規定する賄賂を供与し、又はその申込み若しくは約束をした者は、三年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金に処する。」

(2)みなし公務員

条文から明らかなように、契約の相手が「公務員」でなければ贈収賄は問題となりません。そして、「公務員」とは、「国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員」をいいます(同法7条1項)。
私立大学の役職員であれば、日本では贈収賄は問題とならないと考えてよいでしょう。これに対し、例えば、国立大学の根拠法である国立大学法人法を見ますと、次のような規定があります。

(役員及び職員の地位)
第十九条  国立大学法人の役員及び職員は、刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。

つまり、国立大学の役員や職員は刑法との関係では公務員とみなされ(=いわゆる「みなし公務員」)、他の要件(例えば、「その職務に関し」と言えるか等)を具備すれば、収賄罪が成立します。また、賄賂を供与等した者には贈賄罪が成立します。
このように、国立大学のほか、公立大学や国公立の研究所など、税金で運営されているような組織の役職員個人と契約を締結する場合は、上記の国立大学法人法19条のような規定があるかどうかを確認した方がよいでしょう。

【事例】でいえば、B教授が所属するA大学が私立大学ではなく、その根拠法に上記のようなみなし公務員に関する規定が存在する場合には、贈収賄リスクを意識する必要があります。

(3)公務員やみなし公務員と契約することはできないのか

もし契約しようと思っていた相手が公務員やみなし公務員(以下、総称して「公務員」)であったとしても、例えば、【事例】のようなコンサルティング契約を結んだり、対価を支払って講演者となってもらうことができないわけではありません。むしろ、それらは一般的に行われていることです。では、どういう内容の契約なら贈収賄の問題は生じないのでしょうか。
刑法の解釈や過去の裁判例からしますと、例えば、その公務員が持っている専門知識を専門家として提供するような場合など、提供する金銭等と対価関係にある委託業務等が公務員の職務(職務に密接に関連するものを含みます)に関するものではなく、提供する金銭等の価値が社会通念上相当と認められる範囲であれば、贈収賄の問題にはならないと考えられます。

【事例】では、製品の改良を目的とするコンサル契約を締結するようですが、製品に技術的改良の余地がないことからすれば、むしろ、B教授が持っている大学の購買に関する権限に期待して(=その対価として)、支払いがされるのではないかと疑われる可能性があります。もし、本当にB教授がA大学の購買に関する職務権限を有している場合には、贈収賄リスクは高まります。
また、そのコンサル料は通常の相場と比較して非常に高額という点も、贈収賄を疑わせる事情となりえます。

4.所属機関の内規

では、そのような贈収賄リスクを回避して契約を締結するためには、どうすればよいのでしょうか。
これについては、実は、国立大学など、その役職員について贈収賄が問題となる公的な組織においては、通常、兼業規程や倫理規程といった、贈収賄等の問題に関するルールが整備されています。中には、その手続がホームページ等で公表されている場合もあります(例えば、東京大学では、企業などが大学の職員などに業務を依頼する場合の手続がホームページ上で公表されており、企業は依頼状を大学に提出して許可を得ることになっています(※2))。

手続が公表されている場合はその手続に従い、そのような手続が公表されていない場合は相手に確認して、きちんとこういった規程に則った対応をすることにより、贈収賄リスクを適切にコントロールすることが可能になると考えられます。 
なお、もし兼業規程や倫理規定に違反していたとしても、それ自体は、内規違反の問題であり、贈収賄に直結するわけではありません。とはいえ、契約相手がこういった規程の手続をとることに後ろ向きで、契約の対価が業務内容に照らして異常に高額であるような場合には、注意が必要と考えられます。

【事例】でいえば、A大学の内規が存在することはすでに明らかとなっていますので、その内容を確認し、それに則った手続を経た上でB教授と契約を結ぶべきと考えられます。B教授は「誰も守っていない」などと言っていますが、このことは何らリスク回避を保証するものではありません。

以上