第1 はじめに

2020年6月8日に公益通報者保護法(以下、単に「法」ということがあります。)の一部を改正する法律が成立し、同月12日に公布されました。改正法の施行期日については、一部の附則規定を除き、公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日とされています(消費者庁からは、「おおむね令和4年頃(2022年)を予定しております」とのアナウンスがされています)。
以下では、今回、大幅な改正がされた公益通報者保護法の改正内容の概要について、ご説明いたします。

第2 改正の概要等

1. 改正の背景事情

公益通報者保護法は、2006年4月1日に施行されましたが、その後、大きく3つの課題が浮かび上がってきました。
1つ目の課題は、実効的な内部通報体制の整備及び運用です。これは、上記施行後も企業不祥事が相次いで発生し、多くの事案では、内部通報制度の機能不全等が指摘されたことがあります。この1つの要因として、事業者に対して内部通報体制の整備が法律で義務付けられておらず、事業者の自主的な取組みに委ねられている点が指摘されています。
2つ目の課題は、通報者の保護の点です。これは、公益通報者保護法の施行後も、通報を行った労働者が事業者から不利益取扱いを受ける事案が少なからず見受けられ、通報者を適切に保護し、通報者がより安心して通報することができるようにするための仕組みづくりの必要性が意識されたことがあります。
3つ目の課題は、公益通報者保護制度をより利用しやすくするという点です。公益通報者保護法の適用範囲は、「通報者」及び「通報対象事実」の範囲によって特定(限定)され、また、「公益通報」に該当するためには各通報先ごとに法律で定められた保護要件を充足する必要がありますが、この範囲に含まれない等の理由により、法による保護を受けることができなかった事案が散見されたことが背景にあります。

2. 改正の概要

上記「改正の背景事情」を踏まえた今回の改正の概要は、次のとおりです

主な論点 改正前 改正法
通報者の範囲 「労働者」に限定 【労働者】
・「労働者であった者」(退職後1年以内)を追加
【役員】
・役員を追加
・ただし、原則として、事業者内部で調査是正措置に努めたことを外部通報の保護要件とする。
通報対象事実の範囲 対象法律に規定する刑事罰の対象となる規制違反行為の事実 ・対象法律に規定する行政罰(過料)の対象となる規制違反行為の事実を追加
2号通報の要件 通報対象事実の発生について真実相当性がある場合 ・氏名、住所、通報対象事実の内容等を記載した書面を提出する場合を追加(この場合は真実相当性は不要)
3号通報の要件 通報対象事実の発生について真実相当性があり、かつ、特定事由のいずれかに該当する場合 ・特定事由として、①通報者を特定させる情報が漏れる可能性が高い場合、②財産に対する回復困難又は重大な損害を追加
体制整備義務 規定なし 【内部通報体制】
・事業者(行政機関を含む)に内部通報体制の整備を義務付け(労働者の数が300人以下の事業者は努力義務)
・指針を定める
・内部通報体制整備義務を履行していない事業者に対する行政措置を導入
【外部通報体制】
・権限を有する行政機関に外部通報体制の整備を義務付け
守秘義務 規定なし ・公益通報対応業務従事者に対し、通報者を特定させる情報の守秘を義務付け
・守秘義務違反に対する刑事罰(30万円以下の罰金)を導入
損害賠償責任の免除 規定なし 損害賠償を制限する規定を新設

第3 ベンチャー企業における留意点

ベンチャー企業は、通常、労働者の数が300人以下と思われますので、内部通報体制の整備の義務付け対象にはならないと考えられます(改正法11条3項)。しかし、それでも、このような整備を行う努力義務は課されているほか、義務付けの範囲は、今後、段階的に拡大していくことも想定され得るとされているところです。このため、現時点では、上記義務付け対象とはなっていないベンチャー企業においても、公益通報者保護の体制整備に関する当局からの情報提供等について、情報収集を怠らないこと等が重要であると考えられます。

以上


(本稿執筆時点である2021年12月8日時点の情報)https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_200828_0001.pdf
山本隆司等「解説 改正公益通報者保護法」37頁~40頁
山本隆司等「解説 改正公益通報者保護法」48頁
山本隆司等「解説 改正公益通報者保護法」56頁