第1 はじめに

令和元年会社法改正により、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針に関する規定が新たに設けられました(改正法361条7項)。以下では、この規定が設けられた背景やその規律の概要等について、ご説明します。
なお、令和元年法律第70号による改正後の会社法を「改正法」と、同改正前の会社法を「改正前会社法」と、そして、同改正の影響がない会社法を単に「会社法」といいます。

第2 新たに規定が設けられた背景

会社法361条1項は、取締役会等によるお手盛り防止の規定と理解されています。ただ、取締役の報酬等は、定款又は株主総会の決議により概括的に定めれば足り、取締役の個人別の報酬等の内容を具体的に定める必要はなく、その内容の決定を取締役会に委任することも可能とされます。他方で、取締役の報酬等には、取締役に対して職務を適切に遂行するインセンティブを付与する機能があり、その内容を適切に定めるための仕組みを整備することの重要性が指摘されていました。また、改正前会社法の内容において、業績等に連動した報酬等の付与に関する規律に明確でない部分があり、上記機能の活用の阻害要因となっているとの指摘がありました。
これらの点を踏まえ、改正法では、取締役の報酬等に関する規律の見直しがされ、その一つとして、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針に関する規律が設けられました。

第3 規律の概要

取締役の報酬等の内容の決定手続等に関する透明性を向上させるため、上場会社等の取締役会は、定款又は株主総会の決議により取締役の個人別の報酬等の内容が具体的に定められていない場合には、その内容についての決定に関する方針として法務省令で定める事項(以下「報酬等に関する方針」といいます。)を定めなければなりません(改正法361条7項)。「法務省令で定める事項」としては、「取締役…の個人別の報酬等…の額又はその算定方法の決定に関する方針」などが含まれます(改正会社法施行規則98条の5)。その詳細については、以下の第5をご確認ください。
改正法361条7項が適用される上記の「上場会社等」とは、①監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限ります。)であって、金融商品取引法24条1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの、及び、②監査等委員会設置会社をいいます。ところで、この上場会社等については、改正法により社外取締役の設置が義務付けられましたが(改正法327条の2、331条6項)、取締役の報酬等の内容の決定手続においても、社外取締役の関与を強めることが必要であるとされ、取締役会において報酬等に関する方針を決定しなければならないとされます。
他方で、多くのベンチャー企業のように、社外取締役を設置することが義務付けられない比較的小規模な株式会社においては、報酬等に関する方針を決定し、その内容を開示することによって取締役の報酬等の内容の決定手続等に関する透明性を向上させる要請が必ずしも大きくないとされ、当該決定をすることは義務付けられていません。

第4 報酬等に関する方針の決定の委任の可否

取締役会は、報酬等に関する方針の決定を取締役に委任することはできないとされています。この理由は、取締役の報酬等が取締役へのインセンティブの付与という意義を持ち、また、改正法361条7項の趣旨が取締役の報酬等の内容の決定手続等に関する透明性を向上させることにあることから、報酬等に関する方針は、特定の取締役のみによって決定されるべきものではなく、取締役会の決議によって決定されるべきものと考えられるためです。
同じ理由から、報酬等に関する方針の決定を任意の報酬委員会に委任することもできないとされています。ただ、このような任意の報酬委員会が報酬等に関する方針に係る検討や素案の作成等を行い、取締役会がそれをもとに報酬等に関する方針を決定するといったことまでは否定されるものではないとされています。

第5 【参考】改正法の規定

改正法361条7項及び改正会社法施行規則98条の5は、次のように規定しています。

(取締役の報酬等)
第361条 1~6項(略)
7 次に掲げる株式会社の取締役会は、取締役(監査等委員である取締役を除く。以下この項において同じ。)の報酬等の内容として定款又は株主総会の決議による第1項各号に掲げる事項についての定めがある場合には、当該定めに基づく取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針として法務省令で定める事項を決定しなければならない。ただし、取締役の個人別の報酬等の内容が定款又は株主総会の決議により定められているときは、この限りでない。
一 監査役会設置会社(公開会社であり、かつ、大会社であるものに限る。)であって、金融商品取引法第24条第1項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならないもの
二 監査等委員会設置会社(取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針)
第98条の5 法第361条第7項に規定する法務省令で定める事項は、次に掲げる事項とする。
一 取締役(監査等委員である取締役を除く。以下この条において同じ。)の個人別の報酬等(次号に規定する業績連動報酬等及び第三号に規定する非金銭報酬等のいずれでもないものに限る。)の額又はその算定方法の決定に関する方針
二 取締役の個人別の報酬等のうち、利益の状況を示す指標、株式の市場価格の状況を示す指標その他の当該株式会社又はその関係会社(会社計算規則第2条第3項第25号に規定する関係会社をいう。)の業績を示す指標(以下この号及び第121条第5号の2において「業績指標」という。)を基礎としてその額又は数が算定される報酬等(以下この条並びに第121条第4号及び第5号の2において「業績連動報酬等」という。)がある場合には、当該業績連動報酬等に係る業績指標の内容及び当該業績連動報酬等の額又は数の算定方法の決定に関する方針
三 取締役の個人別の報酬等のうち、金銭でないもの(募集株式又は募集新株予約権と引換えにする払込みに充てるための金銭を取締役の報酬等とする場合における当該募集株式又は募集新株予約権を含む。以下この条並びに第121条第4号及び第5号の3において「非金銭報酬等」という。)がある場合には、当該非金銭報酬等の内容及び当該非金銭報酬等の額若しくは数又はその算定方法の決定に関する方針
四 第1号の報酬等の額、業績連動報酬等の額又は非金銭報酬等の額の取締役の個人別の報酬等の額に対する割合の決定に関する方針
五 取締役に対し報酬等を与える時期又は条件の決定に関する方針
六 取締役の個人別の報酬等の内容についての決定の全部又は一部を取締役その他の第三者に委任することとするときは、次に掲げる事項
イ 当該委任を受ける者の氏名又は当該株式会社における地位及び担当
ロ イの者に委任する権限の内容
ハ イの者によりロの権限が適切に行使されるようにするための措置を講ずることとするときは、その内容
七 取締役の個人別の報酬等の内容についての決定の方法(前号に掲げる事項を除く。)
八 前各号に掲げる事項のほか、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する重要な事項

 以上