第1 はじめに

令和元年会社法改正により、株式会社が役員等との間で締結する「補償契約」に関する規定が新たに設けられました(改正法430条の2)。以下では、この規定が設けられた背景やその規律の概要について、ご説明します。
なお、令和元年法律第70号による改正後の会社法を「改正法」、同改正前の会社法を「改正前会社法」、また、同改正の影響がない会社法を単に「会社法」といいます。

第2 補償契約の意義

改正法において規定が設けられた「補償契約」とは、「役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用」(防御費用。改正法430条の2第1項1号)や、「役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における…損失」(賠償金や和解金。同項2号イ・ロ)の「全部又は一部を…株式会社が補償することを約する契約」をいいます。
なお、補償契約と改正法430条の3が規定する「役員等賠償責任保険契約」との違いとして、補償契約では、役員等が負担する費用や損失の補償は会社自身によって行われるのに対し、役員等賠償責任保険契約では保険者によって行われます。その他、補償契約は「会社」と「役員等」との契約ですが、役員等賠償責任保険契約の当事者は保険者たる「保険会社」と「会社」との契約です。このように、役員等賠償責任保険契約は、第三者である保険会社が契約当事者となり、契約内容にも一定程度の合理性が期待できることから、補償契約のような契約内容に関する規制は役員等賠償責任保険契約には課されていません。

第3 新たに規定が設けられた背景

補償契約による補償は、①会社にとって役員等として優秀な人材の確保につながり、②役員等に対して適切なインセンティブを付与するとの意義のほか、③会社による役員等の防御費用の負担を通じて、会社の損害拡大防止等にもつながると考えられます。
他方で、補償契約は、英米等の諸外国では、広く利用されていますが、日本ではそれほど普及しておらず、海外から役員等を招聘する際の障害となり得るとの指摘もありました。また、改正前会社法では、このような補償に関して直接に定める規定は存在せず、その手続や許容される補償の範囲も不明確である等の問題がありました。
今回の改正法では、上記の点を明確にし、会社による補償が適切に運用されるようにするための規定が設けられました。

第4 補償契約に関する規律の概要

1.手続面
株式会社が補償契約の内容を決定するには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議による必要があります(改正法430条の2第1項)。これは、補償契約には、役員等と株式会社との利益が相反する側面があり、また、補償契約の内容が役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあることから、利益相反取引の承認と同様の規律が設けられたものです。また、補償契約に基づく補償をした取締役及び当該補償を受けた取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告する必要があります(改正法430条の2第4項)[1]
このように、補償契約は利益相反取引に準ずる規律が整備されていることから、利益相反取引に関する規律は適用されません(改正法430条の2第6項)。
なお、補償契約は、役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあるほか、利益相反性が類型的に高いものであることから、株主のための情報開示の規定も設けられています(改正会社規則74条1項5号・74条の3第1項7号、75条5号、76条1項7号、77条6号、同121条3号の2、同3号の3、同3号の4、125条2号、125条3号、125条4号、126条7号の2、同7号の3、同7号の4)。

2.補償の内容面
補償の範囲については、役員等の職務の執行の適正性を損なうことがないよう、次のものは、会社は、補償することができないとされています。①防御費用のうち通常要する費用の額を超える部分(改正法430条の2第2項1号)、②株式会社が第三者に対して損害を賠償した場合において役員等に対して求償可能な部分(同項2号)、並びに、③役員等がその職務を行うにつき悪意又は重過失があったことにより第三者に対して損害を賠償する責任を負う場合における賠償金及び和解金(同項3号)。
また、同じく役員等の職務の執行の適正性が損なわれることがないよう、改正法においては、株式会社が、事後的に、役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は株式会社に対して損害を加える目的で職務を執行したことを知ったときは、役員等に対し、補償した金額に相当する金銭の返還請求が可能とされています(改正法430条の2第3項)。

3.その他
改正法430条の2の規定は、改正法の施行前に締結された補償契約については適用されないため、注意が必要です(改正法附則6条)。

第5 【参考】改正法の規定

(補償契約)
第四百三十条の二 株式会社が、役員等に対して次に掲げる費用等の全部又は一部を当該株式会社が補償することを約する契約(以下この条において「補償契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。
一 当該役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用
二 当該役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における次に掲げる損失
イ 当該損害を当該役員等が賠償することにより生ずる損失
ロ 当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときは、当該役員等が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失
2 株式会社は、補償契約を締結している場合であっても、当該補償契約に基づき、次に掲げる費用等を補償することができない。
一 前項第一号に掲げる費用のうち通常要する費用の額を超える部分
二 当該株式会社が前項第二号の損害を賠償するとすれば当該役員等が当該株式会社に対して第四百二十三条第一項の責任を負う場合には、同号に掲げる損失のうち当該責任に係る部分
三 役員等がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより前項第二号の責任を負う場合には、同号に掲げる損失の全部
3 補償契約に基づき第一項第一号に掲げる費用を補償した株式会社が、当該役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的で同号の職務を執行したことを知ったときは、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭を返還することを請求することができる。
4 取締役会設置会社においては、補償契約に基づく補償をした取締役及び当該補償を受けた取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。
5 前項の規定は、執行役について準用する。この場合において、同項中「取締役会設置会社においては、補償契約」とあるのは、「補償契約」と読み替えるものとする。
6 第三百五十六条第一項及び第三百六十五条第二項(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)、第四百二十三条第三項並びに第四百二十八条第一項の規定は、株式会社と取締役又は執行役との間の補償契約については、適用しない。
7 民法第百八条の規定は、第一項の決議によってその内容が定められた前項の補償契約の締結については、適用しない。

以上


[1] 執行役について準用(改正法430条の2第5項)。