1.【事例】

あなたは,友人数人とベンチャー企業を立ち上げました。その全員が,会社の株式を引き受けるとともに,取締役に就任しました。取締役の任期は,登記費用を節約等するため,最長の約10年です。
ところが,会社の経営が順調に軌道に乗ってきた頃,会社の経営方針について,取締役の1人であるAと,あなたを含めたその他の取締役との意見が合わなくなり,取締役会は極めて険悪な雰囲気となってきました。かといって,Aは取締役を辞める気もないようであり,またその任期もまだ8年以上残っています。株主総会で解任するにしても,解任した場合には登記上に記録として残るため会社の信用に傷がつきそうですし,また,解任されたAが黙っているようには思えません。

2.問題の所在

会社を立ち上げた最初の頃は友人同士で仲良くやっていけたとしても,その後に関係が悪化し,会社から出て行って欲しいと考えるようになる可能性も,残念ながらゼロではありません。このような場合,もし取締役の任期が長期であったときに何か弊害はないのか,ということがここでの検討事項です。
結論から言えば,取締役が複数人いる場合,会社の経営をスムーズに進めるという観点からは,多少,再任の手続の手間や費用を要するとしても,取締役の任期は短く設定しておいた方がよいと思われます。

3.取締役の任期の上限と終任事由

(1)取締役の任期の上限

会社を設立する場合,定款に取締役の任期を定めるのが通例かと思います。
この取締役の任期については,会社法上,原則として,「選任後二年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで」とされています(会社法332条1項。定款等により,さらに短くすることも可能です。)。ただし,監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社でない非公開会社であれば,上記「二年」を最長「十年」まで延長することが可能です(同条2項)。
任期を短期にしてしまうと,任期が来るたびに株主総会で選任手続を行う必要がありますし(同法329条1項),重任登記の手続や費用もかかります。これらの観点からは,取締役の任期はできるだけ長く設定した方がよいようにも見えます。

(2)取締役の終任事由

取締役がその地位を去る典型的なパターンは,①解任,②辞任,③任期の満了です(※1)。以下では,この①~③の3つの場合について具体的に検討し,上記の【事例】のような事態を回避するために望ましい取締役の任期の期間設定について検討してみたいと思います。

※1
その他,欠格事由や委任の法定終了事由が発生した場合,また会社が解散した場合にも,取締役はその地位を去ることになりますが,あまり頻繁に生じる事由ではありません。

4.①解任

会社法上,株主総会で解任決議をすることにより,いつでも,かつ理由の如何を問わず,取締役を解任することが可能です(同法339条1項)。
ただし,注意が必要なのは,解任に「正当な理由」がなかった場合,解任された取締役は,会社に対して,損害賠償請求をすることが可能であるという点です(同条2項)。過去の裁判例において,「正当な理由」があるとされた例としては,次のようなものがあります。

  1. 担当事業部門の廃業
  2. 取締役の職務遂行上の法令・定款違反行為,心身の故障
  3. 職務への著しい不適任

以上のような例からしますと,今回の【事例】のような「経営方針が合わないこと」が解任の正当な理由といえるかはかなり微妙です。取締役は会社の発展のため自由な議論を行うことが想定されておりますが,少数派であるAの意見の方が理にかなっていると認められた場合、解任に正当な理由が認められない可能性があるからです。なお,もし,解任したAから損害賠償請求をされて,それが認められた場合に会社が支払う必要がある賠償金額については,「取締役を解任されなければ在任中および任期満了時に得られた利益の額」となります。【事例】でいうと,Aから,少なくとも8年分の報酬を請求される可能性があります。

また,取締役を解任した場合,そのことが登記簿に記載され,会社による取締役解任の事実は,世間に明らかとなります。取締役Aにしてみれば,自分のキャリアにとってマイナスの事実です。再就職が困難となる可能性がありますし,会社に対する損害賠償請求を引き起こす原因となりかねません。また,会社にとってみても,解任となるとよっぽどのことですから,その信用に影響を与えることは不可避ではないかと考えられます。例えば,あなたの会社が買収される可能性が生じた場合に,買収の際のデューデリジェンズにおいて,買収予定者から解任の原因等について追及される可能性があります。

以上からしますと,解任は,時間と理由を問わないとはいえ,会社にとってリスクを伴う手段と言えます。

5.②辞任

辞任は,取締役の自主的な意思により辞めてもらう方法です。次に説明する任期の満了と同じく,取締役の終任事由として,穏便な手法といえるでしょう。登記の問題も生じません。ただ,問題は,そもそも取締役がこれに応じてくれるかどうかです。取締役がこのような辞任に応じてくれない理由として,例えば,次のようなことが考えられます。

  1. 創業時の株主間で株主間契約を結んでおり,一定の期間以内に取締役の地位を失った場合には低廉な価格で株式を他の株主等に譲渡することが義務付けられている。
  2. 任期中にストックオプションの付与を受けており,その付与契約において,上記と同様に,取締役の地位になくなった場合にはストックオプションを行使できなくなっている,または,在任期間に応じて行使できるストックオプションの個数が増加するようになっている(=つまり在任期間が短いと少しのストックオプションしか行使できない。)。

上記のような場合で,もし,あなたの会社で上場の目途がある程度立っていたり,買収の可能性が生じていたらどうでしょう。もう少しの期間,取締役の地位にいれば,巨額の対価等を得ることができる可能性があるのに,わざわざそれを捨てることとなる辞任の道を選ぶでしょうか。他の取締役との仲が険悪になろうが,もう少し取締役の地位に残って,そのような対価取得を目指すのが人間の心理ではないでしょうか。

6.③任期の満了

この場合も,登記の問題は生じませんし,原則として取締役から損害賠償請求を受けることもありません。 ただ,今回のケースですと,任期が満了するまでにはまだ8年以上あります。取締役Aとその他の取締役との関係が険悪になっている現状を考えますと,任期満了を待つのは現実的ではありません。

7.まとめ

以上,主な取締役の終任事由を具体的に検討してきましたが,【事例】のような場合において,低リスクかつ即効性のある方法はなく,むしろ解任のようにリスクを抱えている手法しかないことが分かりました。そうしますと,特に事業開始後に経営者間でトラブルを起こしやすいと言われるベンチャー企業で取締役が複数いる場合,【事例】のようなケースが生じる場合に備えて,取締役の任期は短めに設定しておいた方がよいのではないかと考えられます。

メリット デメリット
長期の任期 ・再任の手続に要する手間や,重任の登記に要する手続・費用を抑制可能。
・取締役が1人しかいない場合には,右記の任期が長期であることのデメリットを考慮する必要はない。
・取締役が複数の場合に,ある取締役に辞任してもらいたいが自発的な辞任が期待できないときに困った状況となる。
・上記の場合,解任は一つの手段だが,会社にとって損害賠償請求リスク等が生じる。
短期の任期 ・取締役に辞任してもらいたい状況が生じたときは,任期満了を待つという対応を選択肢とすることができる。 ・短いサイクルで,再任の手続や,重任の登記に要する手続・費用が発生する。

以上