第1 はじめに
令和元年会社法改正により、取締役の報酬等のうち金銭でないものに関する規律の見直しが行われました(改正法361条1項3号乃至6号)。以下では、この規定の見直しが行われた背景やその概要等について、ご説明します。
なお、令和元年法律第70号による改正後の会社法を「改正法」と、同改正前の会社法を「改正前会社法」と、そして、同改正の影響がない会社法を単に「会社法」といいます。
第2 規律の見直しが行われた背景
改正前会社法361条1項3号は、定款又は株主総会の決議で定めるべき取締役の報酬等に関して、「報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容」と規定していました。この「報酬等のうち金銭でないもの」には、株式会社の募集株式や募集新株予約権が含まれます。これらを取締役の報酬等とする場合、既存の株主に持株比率の低下や希釈化による経済的損失が生じる可能性があることから、株主がその希釈化等の影響やそれらを報酬等として付与する必要性等を判断することができるように、「その具体的な内容」を明確にすることが望ましいと考えられました。
以上の点を踏まえ、改正法では、株式会社の募集株式や募集新株予約権を取締役の報酬等として付与する場合に、定款又は株主総会の決議によって定めるべき事項について、規定の見直しが行われました。
第3 規律の概要
1.募集株式及び募集新株予約権を付与する場合
改正法においては、株式会社が募集株式を取締役の報酬等として付与しようとする場合には、当該募集株式(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び種類ごとの数)の上限その他法務省令で定める事項を、また、募集新株予約権を取締役の報酬等として付与しようとする場合には、当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項を、それぞれ定款又は株主総会の決議によって定めることとされました(改正法361条1項3号・4号、改正会社法施行規則98条の2、同98条の3)。
上記の各法務省令で定める事項として、募集株式については、例えば、「一定の事由が生ずるまで当該募集株式を他人に譲り渡さないことを取締役に約させることとするときは、その旨及び当該一定の事由の概要」などが含まれ(改正会社法施行規則98条の2第1号)、また、募集新株予約権については、例えば、会社「法第236条第1項第1号から第4号までに掲げる事項」などが含まれます(改正会社法施行規則98条の3第1号)。その詳細については、以下の「第4」をご確認ください。
2.いわゆる現物出資構成及び相殺構成による場合
現在、以下で説明する「現物出資構成」や「相殺構成」と呼ばれる手法によって、金銭を取締役の報酬等としつつ、実質的に株式又は新株予約権を取締役の報酬等として付与することがあるとされます。このような場合にも、上記「第3」「1」の場合と同様に、募集株式又は募集新株予約権の数の上限等を定款又は株主総会の決議により定めなければならないとされています(改正法361条1項5号イ・ロ、改正会社法施行規則98条の4)。
なお、「現物出資構成」とは、取締役の報酬等として募集株式を付与しようとする場合に、募集株式と引換えにする払込みに充てるための金銭を取締役の報酬等とした上で、取締役に募集株式を割り当て、引受人となった取締役に、会社に対する報酬支払請求権を現物出資財産として給付させることで、株式の発行等を行う手法をいいます。
また、「相殺構成」とは、取締役の報酬等として募集新株予約権を付与しようとする場合に、募集新株予約権と引換えにする払込みに充てるための金銭を取締役の報酬等とした上で、取締役に募集新株予約権を割り当て、引受人となった取締役に、会社に対する報酬支払請求権を払込金額と相殺させることで、新株予約権を発行する手法をいいます。
第4 【参考】改正法の規定
改正法361条1項、並びに、改正会社法施行規則98条の2、同98条の3及び同98条の4は、次のように規定しています。
(取締役の報酬等) 第361条 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。 一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額 二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法 三 報酬等のうち当該株式会社の募集株式(第199条第1項に規定する募集株式をいう。以下この項及び第409条第3項において同じ。)については、当該募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び種類ごとの数)の上限その他法務省令で定める事項 四 報酬等のうち当該株式会社の募集新株予約権(第238条第1項に規定する募集新株予約権をいう。以下この項及び第409条第3項において同じ。)については、当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項 五 報酬等のうち次のイ又はロに掲げるものと引換えにする払込みに充てるための金銭については、当該イ又はロに定める事項 イ 当該株式会社の募集株式 取締役が引き受ける当該募集株式の数(種類株式発行会社にあっては、募集株式の種類及び種類ごとの数)の上限その他法務省令で定める事項 ロ 当該株式会社の募集新株予約権 取締役が引き受ける当該募集新株予約権の数の上限その他法務省令で定める事項 六 報酬等のうち金銭でないもの(当該株式会社の募集株式及び募集新株予約権を除く。)については、その具体的な内容(2項以下略)(取締役の報酬等のうち株式会社の募集株式について定めるべき事項) 第98条の2 法第361条第1項第3号に規定する法務省令で定める事項は、同号の募集株式に係る次に掲げる事項とする。 一 一定の事由が生ずるまで当該募集株式を他人に譲り渡さないことを取締役に約させることとするときは、その旨及び当該一定の事由の概要 二 一定の事由が生じたことを条件として当該募集株式を当該株式会社に無償で譲り渡すことを取締役に約させることとするときは、その旨及び当該一定の事由の概要 三 前二号に掲げる事項のほか、取締役に対して当該募集株式を割り当てる条件を定めるときは、その条件の概要 (取締役の報酬等のうち株式会社の募集新株予約権について定めるべき事項) (取締役の報酬等のうち株式等と引換えにする払込みに充てるための金銭について定めるべき事項) |
以上