第1 はじめに

令和元年会社法改正により、①上場会社は、取締役の報酬等として株式の発行又は自己株式の処分(以下併せて「株式の発行等」といいます。)をするときは、募集株式と引換えにする金銭の払込み又は現物出資財産の給付(以下併せて「金銭の払込み等」といいます。)を要しないこととされ(改正法202条の2第1項1号)、また、②取締役の報酬等として又は取締役の報酬等をもってする払込みと引換えに新株予約権を発行するときは、当該新株予約権の行使に際して金銭の払込み等を要しないこととされました(改正法236条3項1号)。以下では、この規定が設けられた背景やそのポイント等について、ご説明します。
なお、令和元年法律第70号による改正後の会社法を「改正法」と、同改正前の会社法を「改正前会社法」と、そして、同改正の影響がない会社法を単に「会社法」といいます。

第2 規定が設けられた背景

改正前会社法では、株式の発行等を行う場合、「常に」募集株式の払込金額又はその算定方法を定める必要がありました(会社法199条1項2号)。このため、取締役の報酬等として募集株式を付与する場合、いわゆる現物出資構成 [1] によって株式の発行等が行われていました。もっとも、このような方法は技巧的であり、また、このように株式の発行等をした場合の資本金投の取扱いが明確ではないとの指摘がありました。
また、新株予約権については、もともと募集新株予約権と引換えに金銭の払込みを要しないとすることは可能ですが(会社法238条1項2号)、債権者や既存株主の保護の観点から、「常に」その行使に際して金銭の払込み等を行う必要がありました(会社法236条1項2号・3号)。もっとも、取締役の報酬等として新株予約権を発行する場合、取締役は株式会社に対して職務執行により役務を提供することになるため、上記保護の観点は必ずしも妥当しません。このような場合、実務上は、行使価額を1円とすることなどで対応されてきました。
以上の点を踏まえ、改正法では、上場会社が取締役の報酬等として株式の発行等を行う場合において金銭の払込み等を要しないとすることが可能となり(改正法202条の2第1項1号)、また、上場会社が取締役の報酬等として又は取締役の報酬等をもってする払込みと引換えに新株予約権を発行するときは、新株予約権の行使に際して金銭の払込み等を要しないとすることが可能となりました(改正法236条3項1号)。

第3 規律のポイント・注意点等

1.取締役以外の第三者の取扱い
まず、株式に関する規律について、今回の改正法の対象は、取締役の報酬等として株式を付与する場合に限られます。このため、取締役でない従業員、子会社の役員、子会社の従業員、アドバイザーその他の第三者(以下「取締役以外の第三者」といいます。)について株式を交付する場合には、従前のとおり、金銭の払込み等が必要となります。
また、株式の場合と同様に、取締役以外の第三者に対して新株予約権を発行する場合も、その行使に際して金銭の払込み等を要しないとすることはできません。

2.上場会社以外の株式会社は活用できないこと
今回の改正法の規律は、上場会社 [2] のみが活用可能です。この理由の背景として、上場会社以外の株式会社の株式や新株予約権については、株式の市場株価又は新株予約権の目的である株式に市場株価が存在せず、その公正な価値を算定することが容易ではないことが挙げられます。公正な価値算定が困難な株式等について今回の改正法の適用対象とすると、制度が濫用され、不当な経営者支配を助長するおそれが高まることが懸念されたため、今回の改正法の規律を活用できるのは上場会社のみとされました。
非上場会社においては、現物出資構成の採用等を検討することになります。

3.有利発行規制の適用の有無
募集株式の払込金額が引受人に「特に有利な金額」(会社法199条3項)である場合、いわゆる有利発行規制が適用され、公開会社であっても、株主総会の特別決議が必要となり、また、株主総会においてその払込金額で募集をすることを必要とする理由の説明が必要となります(会社法199条2項・3項、201条1項)。しかし、改正法では、取締役の報酬等として金銭の払込み等を要しないで株式の発行等を行う場合には、募集株式の払込金額又はその算定方法を定めることを要しないとしているため(改正法202条の2第1項柱書き前段)、有利発行規制は適用されません。
なお、新株予約権については、改正前会社法においても、募集新株予約権と引換えに金銭の払込みを要しないとすることができ(会社法238条1項2号)、金銭の払込みを要しないとすることが引受人に特に有利な条件である場合には、有利発行規制が適用されます(会社法238条2項・3項、240条1項)。改正法では、これらの規律についての見直しはされていないため、有利発行規制が適用され得ることとなります。ただ、新株予約権が取締役の職務執行の対価として発行されることから、金銭の払込みを要しないこととすることが特に有利な条件に該当することは想定し難いとの見解が有力です。

第4 【参考】改正法の規定

改正法202条の2及び236条は、次のように規定しています。

(取締役の報酬等に係る募集事項の決定の特則)
第二百二条の二 金融商品取引法第二条第十六項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社は、定款又は株主総会の決議による第三百六十一条第一項第三号に掲げる事項についての定めに従いその発行する株式又はその処分する自己株式を引き受ける者の募集をするときは、第百九十九条第一項第二号及び第四号に掲げる事項を定めることを要しない。この場合において、当該株式会社は、募集株式について次に掲げる事項を定めなければならない。
一 取締役の報酬等(第三百六十一条第一項に規定する報酬等をいう。第二百三十六条第三項第一号において同じ。)として当該募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をするものであり、募集株式と引換えにする金銭の払込み又は第百九十九条第一項第三号の財産の給付を要しない旨
二 募集株式を割り当てる日(以下この節において「割当日」という。)
2 前項各号に掲げる事項を定めた場合における第百九十九条第二項の規定の適用については、同項中「前項各号」とあるのは、「前項各号(第二号及び第四号を除く。)及び第二百二条の二第一項各号」とする。この場合においては、第二百条及び前条の規定は、適用しない。
3 指名委員会等設置会社における第一項の規定の適用については、同項中「定款又は株主総会の決議による第三百六十一条第一項第三号に掲げる事項についての定め」とあるのは「報酬委員会による第四百九条第三項第三号に定める事項についての決定」と、「取締役」とあるのは「執行役又は取締役」とする。(新株予約権の内容)
第二百三十六条 1項~2項(略)
3 金融商品取引法第二条第十六項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社は、定款又は株主総会の決議による第三百六十一条第一項第四号又は第五号ロに掲げる事項についての定めに従い新株予約権を発行するときは、第一項第二号に掲げる事項を当該新株予約権の内容とすることを要しない。この場合において、当該株式会社は、次に掲げる事項を当該新株予約権の内容としなければならない。
一 取締役の報酬等として又は取締役の報酬等をもってする払込みと引換えに当該新株予約権を発行するものであり、当該新株予約権の行使に際してする金銭の払込み又は第一項第三号の財産の給付を要しない旨
二 定款又は株主総会の決議による第三百六十一条第一項第四号又は第五号ロに掲げる事項についての定めに係る取締役(取締役であった者を含む。)以外の者は、当該新株予約権を行使することができない旨
4 指名委員会等設置会社における前項の規定の適用については、同項中「定款又は株主総会の決議による第三百六十一条第一項第四号又は第五号ロに掲げる事項についての定め」とあるのは「報酬委員会による第四百九条第三項第四号又は第五号ロに定める事項についての決定」と、同項第一号中「取締役」とあるのは「執行役若しくは取締役」と、同項第二号中「取締役」とあるのは「執行役又は取締役」とする。

以上


[1] 「現物出資構成」とは、取締役の報酬等として募集株式を付与しようとする場合に、募集株式と引換えにする払込みに充てるための金銭を取締役の報酬等とした上で、取締役に募集株式を割り当て、引受人となった取締役に、会社に対する報酬支払請求権を現物出資財産として給付させることで、株式の発行等を行う手法をいいます。

[2] 「金融商品取引法第二条第十六項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社」をいいます(改正法202条の2第1項本文)。